【懐かしの中華料理と私の捻くれ思い出】

こんばんは。


Ciel(シエル)のOliviaこと井上です。



大学生の頃の私は、めっちゃポンコツで

アルバイト先では、いつも怒られてばかりでした。


今考えると

「そりゃ怒られるだろ〜」

と思えることばかりですが


当時は、

腑に落ちない思いで

ヘソ曲げたり

落ち込んだり

柄にもなく涙を流したりしていました。


そのアルバイト先で

帰りが遅くなるとよく夕飯を食べに連れてていってくれていた

表参道にある小さな町中華のお店に

先日、仕事でお世話になっている方とご一緒させてもらいました。


あの頃の捻くれた思いは、まるで昨日のことのように

鮮明に蘇って来るのに

いったい何年前のことだったのか

落ち着いて考えてみたら


なんと、なんと、30年近くも前のことでした・・・・・・。


びっくり。


きっと今の私の歳は、当時私を叱ってくれていた人の年齢も

とうに越してしまっているはず。


こわい、こわい。


30年という時が過ぎゆく速さに身の毛がよだちます。



あれから30年が過ぎ


あれだけ怒られていた私も

今となっては、「怒られること」も


もちろん「褒められること」もほぼなくなってしまいました。



なので、恐ろしいことに、

自分自身の言動や行動、思考に対して


それが正しいことなのか、間違っているのかは


自分で判断するしかないことがとても多い。



間違えた考えが膨らみすぎて

訳がわからなくなることもしばしば。


なので、この歳になった私に


「それ違うよ」


「その考えは間違えてるよ」


「あなたのそーゆーところ、良くないと」と、


面と向かって、感情ではなく理路整然と

伝えてくれる方は、本当に貴重な存在だと感じます。



さすがに30年前のように

捻くれたり

ふてくされり

涙することは

全く無く


理路整然と話を聞き

自分自身で噛み砕いていると


こんな歳でも、ほんの少し成長できるような気がしてきます。



きっと30年前も、私のことを叱ってくれた方も


20歳そこそこの小娘に

何かしら伝えたい、成長させたいという思いで

語ってくれていたのだろうな〜と


今は冷静に感じることができます。



あんなに捻くれたり


無駄に落ち込んだりしてないで


言われたことを理路整然と咀嚼できてたら・・・・・



もう少しちゃんとした大人になっていたかもしれません(笑)



懐かしいお店で写真を撮り忘れたので・・・・・


なにか無いかな、、、とアルバムを探してみたら


先日作った自慢の「栗きんとん」の写真が出てきました。



「渋皮煮一択!」と宣言した直後に

「栗きんとん」にチャレンジした

浮気者の私ですが・・・・・


やっぱり手間がかかる子は可愛いものですね

「渋皮煮」に1票♪